遺産(預貯金)の使い込みとは
相続発生後に遺産を調べてみると、遺産となるべき、被相続人名義の預貯金が亡くなる前や遺産分割協議前に引き出されたり、解約されたりして、遺産から流出してしまっていることがあります。このとき、被相続人が自分の判断で使ったということであれば問題はありませんが、被相続人の意思とは関係なく、ある相続人が使ってしまったために遺産が減少したとなれば大きな問題となります。
このようなとき、どうすれば使い込んだ相続人に返還を求めることができるのでしょうか。
遺産の使い込みは犯罪にならないのか
遺産の使い込みは、窃盗罪(刑法235条)、横領罪(刑法252条)に該当する可能性があります。
ただし、これらの犯罪は、配偶者、直系血族又は同居の親族による場合は、刑を免除すると定められているため(窃盗について刑法第244条、横領について刑法255条)、刑法上の責任を追及することができません。
このため、遺産の使い込みはあくまで民事事件として責任を追及することになります。
遺産を取り戻す方法
返還を求めるには、以下の三つを明らかにし、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求を行う必要があります。
つまり、使い込んだ人が被相続人の財産から正当な理由がないのに利得を得て被相続人に損失を与えた(不当利得)、あるいは被相続人の財産権に損害を与えた(不法行為)ものとして、その責任を追及します。
このためには、以下の3つの事実を明らかにしなければなりません。
① 預貯金が引き出されたり、解約されて、遺産に含まれていないこと
② 預貯金が使い込まれた時期に、使い込んだ人がその預貯金を管理していたこと
③ 預貯金の引き出しや解約が、被相続人の同意を得ずになされたこと(同意できる状況になかったこと)
これらの事実を証明するためにできることは以下のとおりです。
⑴ 取引履歴や解約申請書の開示・取寄せ
相続発生日の残高証明書だけではなく、取引履歴を取り寄せる必要があります。この取引履歴から、いつ、どのような方法で引き出したか、誰が口座からお金を受け取っていたか等の情報がわかります。
もちろん、口座通帳でも確認できますが、通帳を保管している人がまさに使い込んだ人であった場合は通帳を見せてもらえない可能性が高いと考えられます。その場合には、相続人として、被相続人の取引履歴を開示するよう金融機関に求めることができます。
ただし、金融機関は、取引履歴の写しを概ね10年分しか保存していません。このため、相続の発生後、残高証明書の取得と併せて取引履歴の開示手続もしておいた方が良いと考えられます。
⑵ 介護記録、医療記録、介護認定資料の開示
預金が引き出されたり解約されていても、その行為自体が被相続人の意思に基づいていれば何の問題もありません。
しかし、急病や、認知症状によって返事ができなかったり、返事はできるけれどもそもそも財産管理の判断ができなくなっていることもあります。そのような状態にある人が表面上「いいよ」「わかった」「まかせた」と言っても、それで問題なしとはいえません。
もしも被相続人が通院していたり、介護施設に入所していたり、入院していた時期がある場合には、相続人の立場において、介護記録、医療記録を開示することが有用です。
また、介護度の認定には、主治医の意見書や生活状況の調査が必要となりますので、どのような生活状況だったか、日常生活においてどんなことができなくなっていたかが、介護認定資料に如実に記載されていることがあります。
これらの記録については、概ね5年間は保管されていますが、廃業のおそれや保管期限の経過による廃棄を避けるため、早めに取り寄せた方が良いと考えられます。
時効に注意
不当利得返還請求を根拠にして責任追及を行う場合、返還を求める人が不当利得(使い込みの事実)を知ってから5年、不当利得(使い込みの事実)が発生してから10年が経過すると消滅時効が完成し、責任追及が困難となります。
不法行為に基づく損害賠償請求を根拠にする場合は、損害賠償を求める人が不法行為(使い込みの事実)を知ってから3年、不法行為(使い込みの事実)が発生してから20年が経過すると消滅時効が完成し、責任追及が困難とます。
使い込みを疑われてしまったら
遺産の使い込みを疑われることは、実はよくあります。
被相続人の生前、特定の人だけが被相続人と同居していたり、身の回りの世話をしていた場合には、相続の発生後、相続人から「実はずっと前から思っていたんだけど・・・」と話を切り出され、数年にわたるお金の流れについて次々と質問を受けるということがあります。
遺産の使い込みを疑われてしまったら、次のような反論ができるか考えてみましょう。
⑴ 引き出されたり、解約された預金は、別の財産に変わったこと
例えば引き出したり解約した預金が有価証券などの金融商品に変わったり、預け替えたりしていることもあるかもしれません。その場合は、新たな預け先、金融商品の取引の履歴等の資料が必要になります。
⑵ 被相続人自身に渡してあり、被相続人が管理していたこと
例えば、預金を引き出したり解約したりは頼まれたけれど、引き出したお金は被控訴人に渡していて、被相続人が管理していたという事情もあるかもしれません。
その場合は、被相続人との間でやり取りした領収証があれば、お金の引き渡しを立証することが容易になります。家族間であっても、お金のやり取りについてはなるべく書面に残しておいた方が良いでしょう。
⑶ 被相続人本人のために使用していたこと
例えば、被相続人の身の回りの物を買ったり、被相続人の自宅の補修に使っていたということもあるかもしれません。
その場合は、物品を購入した際のレシートや領収書、業者との間の契約書があれば、使い道について立証することが容易になります。
しかし、いくら被相続人のために使っていたとしても、被相続人が意思能力を失っていた場合は、結局、有効な意思に基づかないまま被相続人の財産を使ったことに変わりはありません。その場合は、財産の使われ方が被相続人の生活に必要不可欠なものであったか、被相続人の以外に利益をもたらしていないか、厳密に検討される可能性があります。
そうしますと、もし被相続人が意思能力を失っている場合、意思能力に不安がある場合は、誰かがそのまま財産を管理するのではなく、法定後見(成年後見、保佐、補助)の審判を申し立て、成年後見人等が財産を管理する必要があります。
⑷ 贈与を受けたものであること
例えば、進学のため、自宅購入のためなど様々な事情で被相続人から贈与を受けたということも有るかもしれません。
その場合は、被相続人が贈与という法律行為を行うことができるか、すなわち意思能力があったかが問題となりますから、医療記録、介護記録などの精査が必要になります。